トルコにサンタクロースを訪ねて
2009.11.24
世界中の子どもたちが待ち焦がれるサンタクロース。
私の1番古いサンタの記憶は、
大きなパンダのぬいぐるみをもらったこと。
なぜかヘリコプターでやってきたと思い込んでいました。
トルコ人でイスラム教徒の夫は、
15歳までサンタの存在を知らなかったそうです。
「サンタさんどこに居たかな?私の田舎には居なかったな〜」
と言っていますが、本当はけっこう身近な存在だったのです。
それというのも、サンタクロースの生まれ故郷はトルコ。
地中海地方のパタラという町に生まれ、その後、ミュラ(現デムレ)という町の教会の司教となりました。貧しい人々を助け、町の皆から大変慕われていたそうです。
夫と訪れたミュラには小さなかわいらしい教会が残り、今は博物館として公開されていました。
遺骨の一部はアンタルヤの考古学博物館に納められています。
4世紀に実在した聖ニコラス St. Nicholas
今ではサンタクロースと呼ばれ姿も変わりましたが、
今も昔も子どもたちを愛し、愛される存在であることに変わりありません。
:::: ダール 智栄さん ::::トルコ人のオスマンさんと結婚後トルコ・コンヤで暮らし、5年前に大阪へ帰国。現在はご夫婦で大阪北区にキリムのお店「SUFi(スーフィ)」を経営。オスマンさんはキリムの産地として有名なトルコ・コンヤ生まれ。キリムの修復職人として手入れや修復も手がけられています。またキリムの魅力を伝えるため、日本全国で展示会を開催されています。
スーフィ オリエンタル ラグズ(トルコキリム&カーペット)
http://www.sufirugs.com/
:::: サンタクロースの由来について ::::
サンタクロースは、4世紀現在のトルコ南西部地中海岸に面したミュラの町の司教セント・ニコラス(St.Nicholas)に由来すると伝えられています。セント・ニコラスは、小アジアのリキア地方(現在のトルコ南西地中海岸)の港町パタラで生れ、パレスティナやエジプトで学び、リキアに戻りミュラの司教になったそう。このセント・ニコラスの貧しい人々や不幸な人々に施した行いは多くの伝説の物語として語り伝えられ、没後、守護者としてミュラにセント・ニコラス教会が建てられました。
それからおよそ650年後の11世紀末に、イタリア南部アドリア海沿岸の港町バリに、彼の遺骨が持ち去られ、安置するための教会が建てられたことから、ヨーロッパ中に広く信仰が伝わりました。そしてオランダでシンタクラース(Sinterklaas)として広まり、聖ニコラスの誕生日の前日12月5日に子供へプレゼントをする習慣が生まれました。(ドイツ、ベルギー、フランスなどでは聖ニコラス祭は12月6日)17〜18世紀頃には、オランダ人の移住とともにこの習慣がアメリカへ受け継がれ、サンタクロース(Santa Claus)となり、12月25日のクリスマスの行事に形を変えました。
でも、トルコは基本的にイスラムの国なので、クリスマスの風習はありません。イスタンブールなどでは逆輸入されたサンタクロースが「Noel Baba(ノエル ババ)」と呼ばれ「新年を連れてくるおじさん」として親しまれているそうです。
サンタクロースは、4世紀現在のトルコ南西部地中海岸に面したミュラの町の司教セント・ニコラス(St.Nicholas)に由来すると伝えられています。セント・ニコラスは、小アジアのリキア地方(現在のトルコ南西地中海岸)の港町パタラで生れ、パレスティナやエジプトで学び、リキアに戻りミュラの司教になったそう。このセント・ニコラスの貧しい人々や不幸な人々に施した行いは多くの伝説の物語として語り伝えられ、没後、守護者としてミュラにセント・ニコラス教会が建てられました。
それからおよそ650年後の11世紀末に、イタリア南部アドリア海沿岸の港町バリに、彼の遺骨が持ち去られ、安置するための教会が建てられたことから、ヨーロッパ中に広く信仰が伝わりました。そしてオランダでシンタクラース(Sinterklaas)として広まり、聖ニコラスの誕生日の前日12月5日に子供へプレゼントをする習慣が生まれました。(ドイツ、ベルギー、フランスなどでは聖ニコラス祭は12月6日)17〜18世紀頃には、オランダ人の移住とともにこの習慣がアメリカへ受け継がれ、サンタクロース(Santa Claus)となり、12月25日のクリスマスの行事に形を変えました。
でも、トルコは基本的にイスラムの国なので、クリスマスの風習はありません。イスタンブールなどでは逆輸入されたサンタクロースが「Noel Baba(ノエル ババ)」と呼ばれ「新年を連れてくるおじさん」として親しまれているそうです。




